Dol-fan Blog

Miami Dolphins と NFL を心から愛する人のためのページです。

ジム・ケリー

Dolphins Daily News 5.15

ドルフィンズの人事担当だったジョー・ショーンという人がバッファロービルズのアシスタントGMに就任することが報道されています。

ビルズは先日ブランドン・ビーンが新しいGMに就任したばかりですが、ショーンはビーンを補佐する立場になるんでしょうか。ビルズはドルフィンズにとって同地区のライバルで、ドルフィンズとしてはショーンのビルズ行きを阻止することもできたようですが、そうしなかったということです。

ところで、ビルズは2000年以降、NFLで唯一プレーオフに出場していないチームだそうです。32チームのNFLで他の31チームはすべて2000年以降プレーオフに進出していたというのは、正直言って意外でした。

ビルズはドルフィンズにとってニューヨークジェッツと並ぶライバルチームで、特に1990年台はドルフィンズにとっては目の上のたんこぶ、すなわちビルズがいたから地区優勝ができなかったというくらいの強豪チームでした。かつては4年連続スーパーボウル出場という、あのニューイングランドペイトリオッツも成し遂げていない記録も持っています。

ビルズと言えばQBジム・ケリーを擁したノーハドルオフェンスが思い出されます。ドルフィンズはそのビルズにいつも辛酸を嘗めさせられ、ファンとしては悔しい思いをさせられました。オフェンスのチームという印象がありましたが、ディフェンスも強かったです。

ビルズになかなか勝てなかった1990年台でしたが、1998年シーズンのプレーオフでビルズに勝利した試合は特に印象に残っています。ちなみにその時はジミー・ジョンソンがヘッドコーチで、ビルズのQBはケリーではなくてダグ・フルーティでした。



ドルフィンズ、思い出の対ビルズ戦

過去の思い出の試合を振り返る企画、今シーズンの開幕カードである対ニューイングランドペイトリオッツ戦で2回やりましたが、好評であるし自分でも楽しいので、今シーズンの対戦相手毎に続けてみたいと思います。

というわけで、今回はレギュラーシーズン第2週の相手であるバッファロービルズについてです。第2週はビルズのホームゲームなので、過去のアウェイの対ビルズ戦の思い出の試合にふれてみます。

ビルズに関してはドルフィンズと同地区なので、毎年ホーム&アウェイで2試合ずつ行われます。それだけに過去の試合でもいろいろあるのですが、特に印象に残っているのはレギュラーシーズンゲームではなくてプレーオフでの試合です。

1990年シーズン、ドルフィンズは12勝4敗の成績でAFC東地区2位となりプレーオフに進出しました。プレーオフ第1ラウンドではカンサスシティチーフスを相手に第3Qまで3-16の劣勢でしたが、第4QにQBダン・マリーノが2つのTDパスを決めて逆転勝利しました。そして第2ラウンドでビルズと対戦することになります。

ビルズの本拠地(当時はリッチスタジアムという名称でした)で行われたこの試合は、氷点下で雪の降る、ドルフィンズにとっては苦手とするコンディションの下でのものとなりました。

QBジム・ケリーからWRアンドレ・リードへの40ヤードTDパスでビルズが先制した試合は、前半を終わってビルズが20-3とリードしました。後半に入ってマリーノがWRマーク・デューパーに64ヤードTDパスを決めれば、ケリーもWRジェームス・ロフトンに13ヤードTDパスを通しました。しかしその後マリーノが自ら2ヤードTDランを決めるなど激しく点を取り合いました。

第4Qに入って、マリーノがレシーバーとしてプレーに参加していたOGロイ・フォスターに2ヤードTDパスを決めて、ドルフィンズは30-27と3点差に迫りました。しかしRBサーマン・トーマスの5ヤードTDランで突き放したビルズは、直後のキックオフ時にファンブルリカバーでボールを奪うと、ケリーがリードに26ヤードTDパスを決めて44-27と試合を決定づけました。

敗色濃厚のドルフィンズは残り試合時間1分15秒でマリーノがWRトニー・マーチンに8ヤードTDパスを決めましたが、直後のオンサイドキックをリカバーすることができず、結局44-34でドルフィンズはビルズに敗れてしまいました。

1stダウン数は両チームとも24で同数、総獲得ヤード数もビルズの493ヤードに対してドルフィンズが430ヤードとあまり差がない中で、勝敗を分けたのはドルフィンズが2つのインターセプトを含む3つのターンオーバーを犯したのに対して、ビルズはターンオーバーが2つだったことが要因となりました。

この試合はNHKが衛星放送で初めてプレーオフの試合を生中継したものであったと記憶しており、私も早起きをして観戦しましたが、ビルズに終始リードされっぱなしで敗れたことで非常に落胆しました。特にビルズには80年代終りから90年代前半は負けることが多かったので、この試合もそうですが、何とかビルズにだけは勝ってほしいという気持ちで、いつもビルズ戦を見ていました。

ちなみにこの試合に勝ったビルズはスーパーボウルに進出し、ニューヨークジャイアンツと対戦しました。湾岸戦争の最中に行われた試合で、故ホイットニー・ヒューストンさんのアメリカ国歌斉唱が感動を呼びました。試合はKスコット・ノーウッドがFGを失敗したことによりビルズが敗れましたが、ビルズにとってはその後のスーパーボウル4連敗の始まりとなりました。


 

出戻り選手

昨日ジェイソン・テイラーがドルフィンズから去った1年後に再びドルフィンズに戻ってきたというニュースがありましたが、一度ドルフィンズを去った選手が再び戻ってくるという例は今までにもいくらかあるようです。思いつくところでは、古くは殿堂入のFBラリー・ゾンカ、そして比較的新しいところではSルイス・オリバーとショーン・ウッデンあたりでしょうか。その他にもあるかもしれませんが、すぐには思いつきません。

その中でオリバーは特に印象に残っています。オリバーは1989年ドラフト1巡目指名(全体25番目)でドルフィンズに入団しました。そして1993年までドルフィンズに在籍し、1994年にFAでシンシナティベンガルズに移籍しました。しかし、その翌年には再びドルフィンズのユニフォームを着ることになり、1996年を最後に現役を引退しました。ちなみにベンガルズからドルフィンズに復帰した経緯はよくわかりません。

オリバーのベストシーズンと言えば1992年でしょうか。この年の10月4日、アウェイでの対バッファロービルズ戦でビルズQBジム・ケリーから当時のNFL記録である103ヤードインターセプトリターンTDを決めました。さらにその試合ではそれも含めて計3つのインターセプトを奪ってチームの勝利に貢献しています。そのシーズンのオリバーのインターセプト数が計5つですから、半分以上をその試合で記録したことになります。

当時のビルズはノーハドルのハイパーオフェンスでAFC1位の攻撃力を誇っていました。ドルフィンズもビルズのオフェンスには手を焼いて、常に負けているような印象がありましたので、このオリバーの活躍による勝利は痛快でした。

1992年シーズンのドルフィンズは開幕から6連勝を飾り、プロボウルTEキース・ジャクソンという新戦力も加わりました。そして最終的に11勝5敗で地区優勝を飾るとともにQBダン・マリーノがチーム新記録となる7度目のプロボウルに選出されました。

そしてプレーオフに進出するとディビジョナルプレーオフでは31-0という大差でサンディエゴチャージャースを粉砕し、今シーズンこそスーパーボウル進出かという雰囲気でした。しかし、地元ジョーロビースタジアムに過去最高の観衆を集めたチャンピオンシップゲームでは宿敵ビルズの前に5つのターンオーバーを犯して自滅、スーパーボウル進出の夢が断たれました。

話がそれましたが、オリバーにとって最後のシーズンとなった1996年には、チーム2位タイの3インターセプト、そしてチーム3位の84タックルを記録しています。フロリダ出身のオリバーにとってはやはり地元チームであるドルフィンズでキャリアを終えられたことが一番だったんじゃないでしょうか。

今回テイラーもおそらくドルフィンズでそのキャリアを終えることになると思いますが、最後の大きな花をドルフィンズで咲かせてくれることを願っています。

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